沖国猫沖国猫宮城隆尋 わたしはどこかへ行こうとしていたんであるが、9号館の前を歩 いていると、猫がいるのであり、にあ、にああ、と鳴きながら近付 いてきたのであって、わたしもその猫に近付いてみた。しかしその 猫は、持ち上げてみると著しく軽いのであり、投げるととても遠くま で飛びそうであったため「これは大変だ、飯をやらねば」と思い立 ったが、厚生会館は休暇中のため閉まっており、学校の向かいに あるホットスパーへと歩いたのである。 弁当やおにぎりの置いてある棚を眺めながら「猫には何がいい のだろう、やはりオニチキか?」などと考えつつ「キャットフードが いいに決まってんじゃん」と自分にツッ込みを入れてから、キャラ ットまぐろ味98円、という缶詰を買い、著しく軽い猫の元へむかっ たのである。しかし戻るとそこにいる猫はもはや軽くはなかった。 ためしに投げてみようとも思ったが、あまり遠くまで飛びそうにな かったために止め、「たいへんだ、この猫はさっきのと違う」と気付 いてさっきの猫を探したんであるが出てこない。しかも今ここにい る猫は目つきが悪い。ぬあーあああ、と低く間延びした声で鳴き、 「何か食わせろ」言うわりにはわたしが近付くと逃亡。いささか被 害妄想にでも取り憑かれたような卑屈な姿に、彼がこれまでに受 けたであろう心ない人間からのいたずら、いじめやおちょくりなど 考え得る被害を重ねあわせてみたりしながら、とりあえずキャラッ トまぐろ味98円でおびき寄せることにした。しかし人間を警戒する のは正解だ、などとかの猫をおびき寄せつつ缶詰をあけると、指 が赤い。わたしの中指の付け根から赤い液体がぽたぽたと流れ 落ちているのであり、何じゃこりゃ、と缶を落とし、その音に過剰反 応したかの猫は飛びのきながらも食べかけのキャラットまぐろ味9 8円が気になるらしく、驚くわたしの顔を見ては彼も驚き、キャラッ トまぐろ味98円を見ては誘惑にかられ、猫なりに葛藤しているよ うであった。 わたしは数秒かけて現状を認識したのち「うわ、ベ タ! 缶詰で指切ってる」と恥ずかしさが込み上げ、誰にも目撃さ れてはいないかと辺りを見回した。わたしがあたふたする間にも かの猫は無愛想であり、わたしは恥ずかしかったので彼に対し 「わたしはベタな人間ではないんだ。」と願望のような言い訳をして から傷を洗って帰り、一方彼は感謝するでもなく、何事もなかった かのように走って去った。他者との関係性においてしか個立でき ない人間からしてみると多少寂しい気もするが、猫は孤独に生き ている。その様は常にきりりとしており、持ち前の可愛さによって 他の動物からの危険を回避し、時には人間から食い物をせしめ、 しかも人間にはそれが人間主体の能動的行為と思わせて、人間 社会においてもたくましく順応し世を渡る猫。それに比して日々コ ンパだナンパだと浮かれて煙草を禁煙の教室で吸った挙げ句灰 皿が無いからと窓枠や階段の手摺りに灰を押し込め、さらにトイ レでは大便の的を外しておいて個として生きる猫にはろくでもない 関係性をおしつけて被害妄想を植え付けるという、一部の沖国大 生は論外であると思う。 しかしだからといってわたしは正論を振りかざして沖国生に対し 「態度を改めよ」などと偉そうに主張したいわけではない。わたし の言いたいことは、沖国大は好きでも嫌いでもないが沖国猫は好 きであり、ここにいる上記のような沖国大生は嫌いなんだよってこ とであり、ゆえにどうでもいい話なのである。 2000.『Amp!』④ 宮城隆尋 |